スフォルツァンド



繰り返されるのは夏の鼓動
蝉という命の点滅
降り注ぐニュートリノ
消耗していくばかりの音符
繰り返される賛歌はカンタータか
ロンドソナタであるのか
判然とはしないけれど
確かなことは
ここにあるスフォルツァンド
何者かの抜け殻を踏み潰し
生者によって紡がれる主題
それが生きることだと言いたげに
楽譜は乱暴に捨てられる
指揮者はいないホールの
観客もいないホールの
響く全てはスフォルツァンド
夏の呼吸
ニュートリノに触れたくて
少しばかり背伸びをする

リタルダンドでもクレッシェンドでもない僕は
不遜な語り部に過ぎず
それならば
辻褄(つじつま)の全てを捨てよう
ただ言葉が言葉としてあるために
スフォルツァンドだけを繰り返そう
それがせめてもの慰めになるように
生命は繰り広げられ
時はとめどなく
同じだけの死が手招く
リタルダンドでもクレッシェンドでも
その全てが生であるなら
祝福しよう
焦がす熱の
炎天の下で
催す吐き気を
おめでとうと言うよ
リズムは刻まれる
きみたちの行軍を祝福する
吐き気をこらえながら
ハロー、ハロー、ハロー?
吐き気をこらえて
目眩に耐えて
僕はこの夏の全てを祝福しよう
うっかりと
蝉の死骸を踏みつけてなお
おめでとうと言うよ
生きているじゃないか


―リタルダンド

八月三十一日 午前四時九分 紫煙に紛れて

終わりが僕を手招いている。
きみの手をどうしても掴みたいのに、(むせ)ぶ蝉に閉じ込められる。
僕はまだ浮世にいて、蝉を握り潰す気もないなら、ひまわりを探すしかない。
炎熱に埋もれた、きみの命の証明。
今年も咲いたのだろうか。


―クレッシェンド

投稿日時 2013年 8月31日 午前4時52分
タイトル 無題

命がここにあるから
私は息をしてる
クレッシェンドの鳴動に関係なく
つめたい吐息を失っても
十七の少女はここに残る
捨ててしまってもいいけれど
もう少し少女のままでいたい
大事なものを
なくしてしまったこと
その悲しみに
もう少し
しばらく
ひたっていたい
せめて
それをもし生だというなら
私はやはり幸せに過ぎるんだろう
ああ
太陽が眩しすぎて
命が怯えても
つめたさを失っても
呼吸の仕方だけは忘れられない
それがたぶん
十七の私の真実


―スフォルツァンド

夏の終わり(3)
2013 0831 2355

気がつけば二度も書き直していた。タイトルには自動で(3)がつけられた。この機能で危うく恥をかきそうになったことがある。スカイプのメッセージの下書きをしていた際、うっかり一行目が以前の下書きと被ってしまい、つまりは、危うく「お疲れ様です(2)」という文面を送りつけるところだった。
雑多にぶちこんで並べられたプレイリストのうちからランダムで選曲された曲がスピーカーから流れる。これはこれで悪くないと思う。今の気分に合う曲など、そうそう見つかりはしないものだ。好きな曲が不意の順番で流れ続けるほうが、むしろ気分を落ち着かせる。
ちょっとお高いスピーカーからは、あいかわらずいい音が出る。それは途中に繋いであるアンプのおかげでもあるだろう。よくもまあ、音楽関係の仕事をしているわけでもないのに、これだけつぎ込んだものだと、我ながら呆れる。
本当は、スピーカーよりもずっと高価なヘッドフォンを持っている。純粋に音楽を聞くためなら、そっちの方がいい。けれど、この家に来てから、ヘッドフォンで曲を聞く機会はめっきりと減った。
隣にきみがいて、僕はきみとの会話を遮断したくないから、ヘッドフォンをしまいこみ、スピーカーの膜を揺らす。それに慣れてしまうと、スピーカーで漫然と音楽を聞く方が楽になった。ヘッドフォンは全てが明瞭に聞こえすぎて、夏の熱にやられた僕の生命力では、どうにも神経が圧迫されてしまう。
ただそれだけのことと言えば、それで済むこと。
僕は今、何かを書きたかった。
僕が夏の終わりを迎えたことを証として残して、踏み潰してきた蝉の死骸と、踏み潰してきた幼虫たちの、その怨嗟に晒されていたかった。結局はそれが、今僕が生きている証明だと思うから。
なんでもいいという自由さに束縛されて、ふたつの駄文が書かれ、最後まで紡がれることなく、左にあるウィンドウのリストに埋もれた。
きみは今、隣の部屋で寝息を立てている。そのことだけが全てであるから、ここに書かれる文章は何であってもよかった。
夏が終わろうとしている。
何かを書き残すことだけを求めた。
夏が終わる。
まだ僕は生きている。
四方を世界に囲まれて、押しつぶされそうになりながら、きみがここにいるという事実のみで、僕は生きている。
ただ、ただ強く。
惰弱さえもぶちまけて、ひたすらなスフォルツァンド。
明日もまた、スピーカーが名曲を響かせますように。


午前五時を少し回った頃
すでにして蝉は(かまびす)しい
ベランダに煙草を吸いに行こうとして
ふと足を止める
蝉のノイズの中で
安寧と悪夢の狭間で揺れ動いて
きみが眠っている
僕は満足してベランダへ
きみが目覚めた時
僕はまだ生きているだろう



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