生きるしかねえよ



ねじくれたカンバスに描くのは
歪みの中で聞こえた産声と
愛の在りかを模索する探検家
極彩色でモノトーンに仕上げたなら
少しは溜飲(りゅういん)も下がるだろう
どっちみち
どうしたもこうしたもない玉突きの一部に
組み込まれちまってるなら
落ちるか残るかなんて
(あずか)り知らないこと
まるでどうしようもない
生きるしかないんだよ
だって死んでないんだから
生きるしかねえんだよ
たった今
死んでねえんだからさ

聞こえはじめた蝉の鳴き声に追い立てられるようにして、彼女の墓参りを簡単に済ませて、駅前の団子屋でみたらし団子を買った。どうにも“作られた”味がすると(いぶか)しんで見てみれば、店頭にいたのは気の良いお婆ちゃんではなく、老いた驢馬(ろば)だったよ。理屈をこねるのは嫌いだ。僕が僕の思うままにそれを表現するのなら、線香花火が火を付けてすぐにぽとりと落ちたあの気持ちだよ。理屈で勘定(かんじょう)はしたくない。驢馬と線香花火に何の関連性も見出せなくとも、みたらし団子はしゅっと散った火の粉だったよ。驢馬にしてみれば、ずいぶんと迷惑な話。驢馬は誠心誠意、真心を込めて団子を売っているだけ。作為的な味を感じるのは僕の舌。つまらない冗談でも言いたくなる。それが何も導かないからこそ。

紫の仕組みで鳴っている
きみへの呼びかけを
降り積もった経験が足止めしている
僕らは触れない
指を絡めることもなく
紫が群青(ぐんじょう)に変わるのを緩慢に待つよ
空を見上げれば
なんて美しき(よい)
闇が空を覆うにつれ募る寂しさは
どこにも溶かさない
触れなくても
きみと僕の心が通じ合ってしまった証を
せめて心に置く
空を見上げれば
なんて美しき宵
やがて暁光(ぎょうこう)が風に吹かれる頃には
群青はもうすぐ
死にやしないんだよ
そんなことで人間は死にやしない
そんなに幸福になりたいなら
山羊(やぎ)の餌になる恋文をせっせと書くべきだ
死にやしないんだよ
たどたどしいカンツォネッタ
それを不幸だなんて呼びやしないんだよ

どうしようもない茶番だと知りながら
ありふれたテンポで繰り返す
そいつをむしろ幸せと定義して
僕は簒奪者(さんだつしゃ)になるよ
奇跡よりも少ない確率で生まれた茶番に
せめて弦楽を寄せたいなら
少しばかり
不遜にもならなくちゃ

 深夜3時40分。
 安く買った烏龍茶はお世辞にも美味しいとは言いがたく、こめかみで(ねずみ)が跳ねるような思いをする。
 誰も彼も寝てしまい、夜明けは近づいている。けれど僕の日々はどこからどこまでも地続きで、日付が変わった時に何かが転げた試しはないし、夜明けと共に解決した懸案もひとつとしてない。それは結局、きみへの気持ちが途切れたりしないことが白日に晒され、こめかみの鼠のステップがさらに曖昧になることを意味する。減ることもあれば募ることもある、たったそれだけの事項がなんだか最重要課題にされちまって、夜明けが少し怖くなる。もどかしく続く糸を()っている限りは、すっかり途切れるものじゃない。妥協と煩悶の上で、サーカス気分で歩いても、たった地上から30cmばかりじゃ、何の絵にもなりゃしない。
 夜が明けたら、近くの川に沢蟹(さわがに)を捕りに行こう。そんなこんなが精一杯の反抗であるうちは、どうせまた間違いを犯すよ。それでも僕は、沢蟹を捕りに行く。

正しい場所を定めなくたって
流転してく霧中
きっとまた間違いを犯すよ
破れかぶれでカンバスに描くよ
烏龍茶の水滴
壊れかけたライター
中身がひとつふたつ飛び出た煙草
きみの顔写真
極彩色のグレースケールで塗り尽くせば
生きる意味なんてどうでもよくなってる
きみに会いたくなる
どうしても僕らは間違える

どうしたもこうしたもない玉突きの一部で
生きるしかねえな
わざわざ不幸になりゃ世話ないけど
傲慢に幸せになったところで
たどたどしいカンツォネッタ
禍福(かふく)で数えるからわからなくなるんだよ
見送った景色に命を見出すなら悪手
客室から飛び下りるなら愚者の火種
窓枠に足をかけて
カーブの減速を狙って
視界から飛ぶ僕の気持ち
窓から身を乗り出せば
僕のゴーストが後方に流れていく
すっかり寂しくなった客室で
ぽつりと煙草を吸えば
駱駝(らくだ)の足音が聞こえる
どうしようもねえな
死んでないから
生きるしかねえよ
まだ死んでねえから
きみが好きだからさ
明日にはかき消えるゴーストじゃ何にもならない
けれど
それを()として
ぽつりと煙草を吸う
座席の灰皿に灰を落として
目眩(めくら)ましに泣いてみる
どうせ間違えたって
せっかく間違えなくたって
生きるしかねえよな
もうしばらくは
たどたどしいカンツォネッタ
生きるしかねえってことだよ
山羊の餌をきみが積み上げるなら



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