新雪の上を歩く 冷たい呼吸を浅く繰り返して ただ不器用に 街灯の明かりが白く反射する夜道で はにかむきみを見てしまっては 足に滲む凍てつきの痛みを忘れて すっかりと 自分が花魁鳥であることを受け入れている 夢があったことを思い出したよ 祈りと汚濁にまみれて 部屋の隅に転がっていたよ 何の罪も背負わずに 無造作に落ちていた 黙契した覚えはないんだけど ちっとも水をやらなかった僕の怠慢は 濁った夢が持つ罪と同様に 責められはしないらしい 「やあ、どうも。久しぶり。 菅井のやつが事故ったって話は聞いたかな。 まあどっちでもいい。 話すべき事は山とあって、 菅井のことなんか捨て置いたって、 明晩の月を眺める頃になったって、 それは尽きてはいないだろうからさ。 まあでも、とにかく、菅井は全治6ヶ月。 最近、幸福のふりをした何かが、 いろんなやつを騙くらかしてまわってるらしい。 テレビの料金を回収するふりをして、 夢を引き取って現実を置いていくんだとさ。 確かにそれは正しいよ。 そいつらの大半は救われる。 夢の大半は人を殺すのだからね。 菅井がロックスターになれると思うかい? まあ何にせよ、 菅井が音を外さずに歌えるようになる日は、 たぶんずっとこないだろうな。 なんでもない、ただそれだけのことで、 猫にじゃれる必要性もないことだけど、 100人いて、99人が救済されても、 僕はブラーヴォとは言えないんだろうな。 ロマンチストなんかじゃないんだよ。 むしろ逆でね。 傷つかずに夢から戻ってくるなんて、 そんな曲芸、そうそう許されちゃならないよ。 そして僕は、 菅井の歌が嫌いじゃない。 さあ続きをどうぞ。 ふたりきりで、雪中の行軍を」 汚濁の夢が語る きみは美しく 夢は輝かしく 全ては真理であると同時に 皮肉でもある、と 少しだけ 生きていくのがつらいというだけ ただ静かに雪は降り積もり 足を踏み入れて雪を なめらかにすべる夜の底で やがて消える雪に命を託して 希望に溺れてみるけれど 春になれば 消しがたい傷になっているだろうことを もう知っている ドアを開けてみれば、アパートの廊下にまでしっかりと雪は積もっていた。階段の踊り場に積もった雪だけを見ても、例年にない降雪量であることは見てとれた。 アパートの階段を一段ずつ慎重に下りた。そこにも雪は十分に積もっており、他の住民が下りた際に踏み固められた場所、つまりはすでにあった足跡を辿りながら進んだ。 夕方、風にあおられていた大粒の雪は見られなくなっていた。 ただ、 花魁鳥は祈りと過ちをない ただ共に歩ませて 傷の全ては僕が背負おう だからきみは いつまでも終わりのない雪明りの中で 汚濁の夢を僕の代わりに持って はにかんでよ 祈りと過ちをない交ぜにして 未完の夢のエピローグ 雪が静かに融けていくよ いつまでも終わりのない雪明りの中で 雪は静かに融けていくよ ねえ 汚濁の夢を僕の代わりに持って はにかんでよ |