Nocturne in Z-flat Op.99999 No.4



夜に押し潰されそうになりながら
夜明けを待っている
ライナスの毛布にくるまっていたいけど
あいにくそんなものは見あたらない
きみがそばにいてくれるでもない
仮に夜明けまで待てたとして
誰かがドアを開けてくれるでもない
それを確信しながらも
夜明けを待っている
僕が弱すぎるからだ
和音が鳴らない

小さな灯りだけをつけた
雑然とした部屋を
深海魚が泳いでいく
僕は話しかける
どうしてきみはここにいるの?
(よど)んだ夜の空気の中で
どうしてそんなに見事にさらさら泳げるんだい?
「愛とはそもそもなんだと思う?」
深海魚は質問の答えを返さない
(夜は淀み闇が澄んでいる)
少しばかりコミュニケーションが苦手なのだろう
「それがあれば救われると思ってるんだ」
(澄んでいるほど夜の底に滑り落ちるのが怖くなる)
救われはしないのかな?
「自分を救ってくれる何か
 自分を幸福にしてくれる何か
 そして」
(ピアノの旋律が僕を誘うのだけど)
「自分を不幸にする何か
 それらを総称して愛と呼んでいるらしい」
(行き着く先がどこなのか教えてくれない)
不幸になることも愛だと?
(そこにきみがいないことだけは確か)
「実際にきみたちを見ていて
 自然とそういう結論になった
 異議は認めない
 なぜなら僕は深海魚だからだ」
そう
ここは深い夜
深すぎる夜
水圧に潰される
深海魚がいても不思議じゃない
「おなかがすいた」
(深い夜を不自由に泳いで)
提灯鮟鱇(ちょうちんあんこう)ほどの灯りが
僕と深海魚をおぼろげに照らしている
深海でしか生きられない魚
夜明けを迎えれば
自然とどこかへ消えてしまう深海魚
けれども少し
今は(たわむ)れていたい
「希望は言い訳」
(なんとか沈まないようにして)
普段は何を食って生きてるんだ?
「切なさは愚かな迷い」
(それだけのことすら)
この水圧の中でつるりと泳ぐこつは?
「痛みは証拠」
(いっこうに得意にならない)
小さな灯りさえ
きみは必要としないのだろうか?
「煙草が苦い」
好きな言葉は?
「五里霧中」

深すぎる夜
僕は夜明けを待っている
ライナスの毛布にくるまりたいけど
あいにくそんなものはここにない
深海魚とじゃれ合えば
少しは夜の深海に慣れるかなと思ったけど
どうやらそう簡単にはいかないらしい

(なんとか沈まないように)
(それだけのことすら)
(いっこうに得意にならない)

「不幸を量産して喜んでいる生き物」
(なんとか沈まないように)
「五里霧中」
(なんとか沈まないように)
「煙草が苦い」



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