須臾(しゅゆ)に消える凍蝶(いてちょう)



新しく使い始めた見慣れないテキストエディタ。
僕に今、どれだけの力が残っているというのだろう。
なけなしのプライドを探してみても、
とっくの昔にぽきりと折れてて、
どのハードディスクに保存していたか忘れてしまった。
総計5テラバイトあったって、
あの時に負った傷の痛みは枯れてしまっているね。
静かに消えゆく。
痛みの根拠さえ曖昧になって。

ケビン、ジュニア、ダドリー、
マリー、ジェシカ、ベンジャミン。
意味があったりなかったりする名前を呼ぶ。
静かにけたたましく、
3万円のヘッドフォンの中にこだまする。
明日なんてなかった。
最初から今日しかなかった。
歯がじくじくと痛み、
不味い炭酸ドリンクを飲めばきりりと痛む。
そうやって息をつく。
少しばかり生きるのに疲れたと、
何もやりたいことなんてないんだよと、
そんな常套句(じょうとうく)
今さらながらに重ねてみようか。
花にはなれない。
なりたくない。
蜻蛉(とんぼ)にもなれなければ、
蟷螂(かまきり)にもなれない。
なりたくない。
須臾に消える凍蝶になりたいって、
思えども時は無窮(むきゅう)
どうかしてるって思ってみたって、
明日は今日に変わる。
それをなんでもない希望だと謳えばこそ、
少しばかり生きることに疲れる。

雪の中を飛ぶ、
無様(ぶざま)で美しい凍蝶になりたいよ。
ただそれだけを願い、
何でもない色を選んで、
テキストエディタの白い部分を
文字の形で埋めていく。
さよならって、
呼吸するように言えたなら、
どんなによかったかな。

時にさらされている。
大丈夫。きっと。平気。何とでも。進もう。って、
繰り返した分だけの苦い救い。
もう。二度と。苦しい。どうしても。消えよう。って、
探し続けた分だけの甘い痛み。
道がある。
新しくて見慣れないテキストエディタに刻まれた、
とどのつまり0と1の羅列でしかないものの、
その先に道がある。
進みたくなんかないんだよ。
でも、でも、でも、って。
死ねない理由を並べて、
生きていたいだけのただの馬鹿になる。

なけなしの美学を求めてみたって、
見慣れない画面には映らないよ。
窓の外は白いのだけれど、
とても蝶は飛べないだろう。
歯がじくじくと痛み、
不味い炭酸ドリンクを飲めばきりりと痛む。
そうやって息をついて、
今日が昨日になって、
明日が今日になっていることに今さら気づく。
せめて寄り添わせてくださいと、
僕は何に言うのだろう。

雪の降る夜明け、
凍蝶は飛べずに、
物陰でじっと待っている。
さよならと言う間もなく、
須臾に消える。
そうはなれないことを知っている。



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