春暁(しゅんぎょう)



せっかく手なずけた感情に
反旗をひるがえされて
にっちもさっちもいかない
千切り捨てたくなっても
どうあっても
とどのつまり人間
千切り捨てることができても
どうせきみを前にしたら
煩悩のひとつやふたつ湧いてくるだろ
それよりは
手なずけたはずの感情に
心の淵で徹底抗戦されていた方が
いくらか美学もあるだろう
そんなくらいが
とどのつまり
たったひとりの僕の
春の暁

ヘッドフォンは僕の耳に旋律を届け
部屋には騒音を撒き散らしているだろう
密閉型を買わなかった
オープンエアー型にしたことを
少し後悔もしている
たったそれだけで
人生が少しわかったような心持ちになる
椿を手折(たお)る無垢な指先みたいに
部屋を騒音に浸して
ひとり
マスターピースが鼓膜を揺さぶり
椿を手折る無垢な指先であってくれと
キーを叩くよ
それがつまるところ
何の日でもあり得ない今日の
暁のひかり
きみに届けるために
枝を折る罪人になろう
きみには
それを喜んで受け取る咎人(とがにん)になってほしい

ゲーム機にあった32GBの余白は
とっくのとうに埋め尽くされて
64GBが欲しいと思っても
小で大を兼ねてしまえるのが現状
そんなたわいないエトセトラで毎日を塗っていく
きみの体温が感じられれば重畳(ちょうじょう)
繋いで欲しいと
切実に願いながら
キーを叩くよ
騒音で部屋を濁らせながら
マスターピースで鼓膜を封じて
ひとつふたつと咳をして
この1文字の先にきみがいることを願う
それが春の暁の言霊(ことだま)だろうって
たわいないエトセトラにしてしまえば
たぶん明日も生きられる

今までノーマークだった曲が
随想録を埋める日もある
すっかり立ちくらんで
少しは
愛の所在を信じたくなる
ほんの微量
叩くキーのひとつに
愛ってやつを忍ばせたくなる
ずるい悪戯だ
それでもいい
きみは気づかないかもしれない
それでいい
ただ僕は息をする
またキーを叩く

暁のひかり
希望とエトセトラと
64GBと無窮(むきゅう)の孤独
僕らが人間であるゆえの春暁
愛の一片は虚空に漂っても
春暁はかえりみない
どこへも行き着かない
ただ今日としての今日に
明日を見る余裕がなくても
繋ぐ存在の証
きみに届けるために
椿を手折る罪人になろう
だから
僕の未来で
それを喜んで受け取る咎人になってくれないかな
巡り会えない僕たちだけれど
同じ夜明けにいるはずだから



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